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インド・ニューデリーのジャワーハルラール・ネルー大にて国際関係を学んでいた留学生の記録。
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ハリドワール・リシュケーシュ遠征 1泊2日の小規模旅行。
ガンガーのほとりの街、ハリドワールとリシュケーシュへ。

電車で行くつもりだったが、前日にチケットを取りに行くと、満席だった。
やむをえず、バスで。

8月29日(土)

しまった。出遅れた。朝5:30くらいには出発するつもりだったが、寝過して、7時近くになってしまった。

それでもまだいつもよりはだいぶ朝早い。JNU正門まで自転車で移動したが、早朝のJNUキャンパスは清々しい。

JNU正門からはオート・リクシャーで、オールド・デリーの長距離バスターミナルへ。Inter-States Bus Terminalと言うと通じないのだが、略してISBTと言うと通じた。Rs. 150。値切れば値切れそうだったが、これでよしとした。

土曜早朝のデリー市内はガラガラ。スムースにターミナルに到着。まだこちらが寝ぼけていて、間違えてRs. 170渡してしまった(取り返した)。

実は、オートの中で、バスの行き先を考えていた。先にハリドワールへ行くか、それともリシュケーシュか。翌日の日本の選挙結果を速やかに確認したいので、日曜は早く帰りたい。それを可能にすべく、今日先にハリドワールに行き、夕方にはリシュケーシュへ移動し、翌日早めに帰途に就く作戦に決した。

オールド・デリーのバスターミナルは初利用。そもそも、デリーから長距離バスに乗るのが初めてだ。いままでの旅はほとんどが飛行機で、ごく稀に電車だったから。今回も、好んでバスにしたわけではないが。

ハリドワール行きのバスを発見。出発まで、車内でしばらく待った。かなりボロいバスで、先が思いやられる。『歩き方』によれば、所要6~7時間。

ほぼ満席のバスは、2度の休憩をはさんで、予定通り約6時間の移動で、午後2時ごろハリドワールに到着した(Rs. 120)。バス移動は本当にしんどい。

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バス車内の様子。

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バス外見。左が乗ったバス。ハリドワールにて。

バスの途中休憩でサモーサーを2つ食べたが、今日はまだそれしか食べていない。だが、ここはとりあえず観光が先だ。

バス・ターミナルからサイクル・リクシャーを拾い(Rs. 20)、マンサー・デーヴィー寺院につながるロープウェイ乗り場へ。

見晴らしのよいロープウェイで斜面を登り(往復Rs. 48)、マンサー・デーヴィー寺院に到着。観光客多数。ただしほぼみんなローカル客。自分調べによると、外国人観光客は1%未満(ただし南アジア外国人は見てもわからないのでカウントされていない)。とうか、大勢の観光客でごったがえす中、自分以外の外国人は1人しか見かけなかった。

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ローブウェイとガンガー。

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その2。

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街の様子。ロープウェイ乗り場近く。

寺院自体にお金はいっさいかからないのだが、ここは観光化がかなり進んでおり、あまりいい気分はしない。わざわざ土産物屋を通らされるような経路になっているし。

高台から眺めるガンガーは悪くないかもしれないが、外国人が好んで訪れる場所ではないということがわかった。

ハリドワール観光、終了。所要1時間弱。

サイクル・リクシャーでバスターミナルに戻る(Rs. 20)。途中、自分のサイクル・リクシャーが馬車に抜かれていった。馬車もいいなぁ。

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サイクル・リクシャーから見るハリドワールの街並み。というか背中。

リシュケーシュ行きバスを、少し待ったから拾う。ガンガーをさかのぼるように進み、1時間でリシュケーシュ着(Rs. 19)。疲れた。

バスターミナルから、オート・リクシャーでホテルを目指す。予約も何もしていないのだが、バスの中でガイドブックを見て決めた、Hotel the Great Gangaへ。ここでオートにだまされた。明らかに遠回りをされ、Rs. 100請求された。本来、まっすぐ行けばRs. 30くらいが妥当なところだ。次見かけたら制裁を加えると決意した。

ガンガーを見下ろす高台に位置する、Hotel the Great Ganga。周辺は別荘地のような趣で、きれいな住宅が立ち並ぶ。いままでインドで見てきた観光地にはないパターンだ。その雰囲気にマッチした、きれいな建物。1泊Rs. 2,000ほど。だが満室。残念。

高台から川沿いに下りたところで、ガンガーに隣接するきれいなホテルを発見。Lonely Planetにも掲載されている、Omkarananda Gita Sasan。何が何だかわからん名前だ。

しかし、営業していないのだろうか。入口は鉄門が閉まっている。中は人影が見えない。電気もついていない。そこで普通は、「営業していない」と判断するのだろうが、疲れていたのか、そこでの判断は、「ちょっと見てみよう」だった。門は施錠されていない。門を開けて、玄関に行くと、なかから人が出てきた。営業していたのだ。しかしいきなり玄関で靴を脱ぐように要求された。そんなホテルあるか?

出てきたマダムは、とてもスマートな英語をしゃべる人。部屋を見せてもらう。エアコン・テレビ付きの、とてもきれいな部屋。そして、目の前がガンガー。Rs. 1,200。ここに決めた。

部屋は文句ないが、いわゆるホテルという雰囲気はなく、ゲストハウスの感じ。サーヴィスも食事もないし、アメニティもほとんどない。バスタオル、石鹸とトイレットペーパーくらいだけ。

とりあえず、シャンプーやボディーソープが必要だ。ボードでガンガーを渡り、対岸の繁華街へ。街を見物しながら、必要物資の補給を行い、帰りはもう日暮れでボートが終わってしまっていたので、歩いて橋を渡ってホテルへ戻る。

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ガンガーと、対岸の寺院、アーシュラム。

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人々とガンガー。

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ホテルの部屋からの写真。その1。いかに河に近いかわかる。

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その2。

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その3。アップで。

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ボートで渡河。

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夜。

ちょっと休憩してから夕食へ、のつもりだったが、疲れており、少し寝てしまった。目を覚ましたら、もう10時。まあ、夕食にはちょうどよい時間か。

と思い、10時半前ごろ、外出しようとすると、すでにホテルの門は施錠されている。こんな早く閉めるホテルなんて、聞いたことがない。玄関で警備をしていたスタッフに話を聞くと、門限は11時だからまだ大丈夫だと言う。でも、これから外食していたら間に合わないだろう。そう言ったところ、じゃあ帰ってくるまでここで待っているから行って来い、と言われた。

しかし、街はもう真っ暗だ。デリーならまだまだ夕食時なのだが、さすがに山間の聖地は違う。スタッフにこの時間でも開いている店を聞くと、先に訪ねたHotel the Great Gangaなら開いているだろうとのこと。急ぎ足で急斜面を登って行ったが、もう閉まっていた。10時クローズだとのこと。信じがたい。近くの商店街に行くが、やはり開いていない。あきらめて、まだ開いていた果物屋でバナナを買って帰った。この日の食べたものは、サモーサー2つとバナナ1本。

エアコンの付いている部屋だが、十分に涼しかったので、窓を開けてガンガーの水音を聞きながら就寝。明日はいいものを食べよう。

8月30日(日)

今日は、おそらく戦後日本政治史の重要な転換点として語り継がれる選挙の日。投票は残念ながらできないが、せめてネットを通じて開票速報をリアルタイムで共有したい。しかし、そのためにはかなり忙しい日程になる。

でも、朝はゆったり始動。9時ごろ、ボートで渡河し、この街のランドマーク的存在であるレストラン、チョーティワーラーへ。マサラ・ドーサーとラッシー、それと食後にチャーイ。味は普通。

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チョーティワーラーの名物。生身の人間。
 
食後のチャーイは、店を出てガンガーのほとりでいただく。

聖なる河と言われるガンガー。ここはかなり上流のほうだが、水は濁り、川幅は広く、流れはとても速い。自分のイメージとしては、大雨が降ったあとの多摩川を、3倍のスケールにした感じ。流れが速いため、ガンガーが醸し出す雰囲気は、どこかせわしない。ヴァーラーナスィーのガンガーはもっと穏やかだ。

人々は、この河に何を投影しているのだろうか。自分にとっては、ただの濁流でしかない。上流だからもっときれいなのかと期待していたが、それは残念ながら誤りだった。

街を少し歩いてから、ボートに乗ってホテルに戻る。少しだけ休憩したのち、身支度を整えてチェックアウト。

結局のところ、宿泊客は自分ただ1人だけのようだ。主とスタッフ以外を見かけることはなかった。

チェックアウト時、ホテルの主人らしき旦那が初めて話しかけてきた。曰く、何とJNU出身だと言う。チェックイン時にマダムがインド滞在許可証のコピーをとっており、そこから、自分がJNUの学生であることが判明したのだろう。これでこのホテルに関する多くの謎が一気に解けた。

あくまで推論だが、おそらくは、この旦那は引退後にこのホテルを構えたのだろう。だから、商売気がない。引退後の住まいとしてガンガーのほとりに居を構え、ついでに部屋を貸している。そんなところだろう。だから、スタッフはホテルの従業員というよりは、使用人なのだ。

旦那もマダムも、英語を巧みに操る。観光地には英語を話す人が少なからずいるわけだが、そういう客商売の人の英語とはどこか違う、もっと知的な英語。デリーでそれなりの地位の人が話すそれと同じだ。

そんなホテルに別れを告げ、もう一度ボートで渡河。せっかくリシュケーシュに来たならヨガを、と思うのが普通の観光客だろうが、ヨガに興味はない。なので、アーユルヴェーダのマッサージにトライすることに。

『歩き方』の情報に従い、まずはBaba Massage Centreへ。見るからに汚い小屋という感じ。10時半ごろ行ったのだが、まだ開いていなかった。

次は、Rajpalaceというホテルへ。もちろん開いているのだが、マッサージを受けるにはしばらく待ってもらう必要があるとのことだった。なので断念。

そこで、もう一度初めの店を見て、それでダメなら帰路につくことにした。

11時近くになっていたこのとき、初めの店がようやく開いていた。そこで、1時間の全身マッサージRs. 400。「雰囲気はないがマッサージの腕は確か」とは『歩き方』の解説。雰囲気がないのはその通り。マッサージの腕は酷いもの。素人か。金返せといいたくなるくらいだった。時間と金を無駄にしてしまった。

時刻は12時過ぎ。バスで帰路につきたいのだが、前日の反省を生かして、ここで昼食もとってしまうことに決めた。ホテル近くのマドラス・カフェ。Rs. 100のパンケーキ。安いメニューが並ぶなかで、やけに割高に感じたのだが、出てきた料理を見て納得。フルーツ盛りだくさん。ちょっとやり過ぎ感すらある。味ははちみつ。

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パンケーキを埋め尽くす一面のフルーツとヨーグルト。

マドラス・カフェはオート・リクシャーのスタンドの隣。なのですぐにオートを拾い、バススタンドへ(Rs. 50)。

バススタンドについたがデリー行きのバスはなかった。しばらく待っていると、突然何やら人だかりだができた。行ってみると、デリー行きのバスのチケットを争って購入する群衆だった。

そうか、今日は日曜日。自分のように、週末に来ていた人々がデリーに戻るタイミングなのだ。

争いに参戦したが、一歩及ばず間に合わなかった。

そのバスは乗れなかったのだが、すぐとなりのバスもデリー行きとなっていた。しばらく待ったのち、無事そのバスに乗ることができた。出発したのは午後2時ごろになってしまっていた。開票には間に合いそうもない。

そこから7時間のバス旅。行きと同じく、2回の休憩を挟んで。うんざりするほど長く思えた。特に、デリーに近づいて、もうすぐかな、と思ってからが長かった。到着したのは9時過ぎ。かなり遅くなってしまった。

オールド・デリーのバスターミナルから、オート・リクシャーでヴァサント・ロークのマーケットまでRs. 150。そこで夕飯用にマクドナルドでマハラジャ・バーガーを買って帰った。

疲れた…。

バスはもういやだ…。
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自己紹介:
2008年7月から2010年5月まで、ジャワ―ハルラール・ネルー大学留学。
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