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インド・ニューデリーのジャワーハルラール・ネルー大にて国際関係を学んでいた留学生の記録。
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靴下をいかにしてまかなうか、それが問題だ。

先の記事にて言及したように、通常洗濯を自分で行うことはない。下着類はドービーに、それ以外はドライ・クリーニングを利用する。しかし、この体制でカバーできない部分がある。それが小物類であり、具体的には靴下が問題となる。寮のドービーは靴下やハンド・タオルといった小物を引き受けてくれない。ドライ・クリーニング店で確認したことはないが、おそらく返事は同じだろう。また、仮に引き受けてくれるとしても、コストが見合いそうもない。では、どうするか。諦めて自分で洗濯するか、それとも・・・。

夏の間は、幸いにして、この問題が具現化することはなかった。理由は単純。靴を履かないからだ。素足にサンダル。それで充分。学校生活において、そのスタイルで通せないような局面には遭遇しなかった。多少身だしなみを整えたい場面で、上にジャケットを羽織っていても、足元は素足にサンダル。何ら問題なし。

旅行に出かけるある朝、靴を履いて歩きはじめたとき、靴を履いて歩くという行為が新鮮に感じられた。おそらく1か月以上、靴を履いていなかったのだ。自分の歩き方に違和感を感じるという、不思議な体験であった。

季節は移りゆき、冬。寒い。裸足にサンダルは無理。素足・サンダルのスタイルを維持して生活する人々も少なからずいたが、自分には耐えがたかった。毎日、靴と靴下を履かざるを得ない。夏の間にたまに履く靴下をたまに洗うことくらいは我慢しえたが、毎日靴下を履き、毎日、ないし2~3日に1回という頻度で靴下を手洗いすることは、自分にとって許容できそうもなかった。

洗濯するしかないだろう、とは思わなかった。というのも、もう1つの選択肢が自分の思索の中で説得力を強めつつあったからだ。その選択肢とは、「使い捨て」だ。

現行の社会規範が許容しないであろうことくらいはわかる。環境問題の観点から見ても、この策が倫理的に劣ることは間違いない。しかし、経済的合理性は明らかに使い捨て策を支持していた。近くのスーパーでは、靴下を1足Rs. 20未満で買える。許容しうるコストだ。1足の靴下を手洗いするためにかかる手間を、Rs. 20で省略することができるのであれば、買ってしまった方がいい。そう思った。

この問題への正解はない。そもそも、この問題に限らず、絶対的な正義、あるいは絶対的な悪など存在しないというのが、自分の考えである。有限資源の有効活用という観点からすれば、洗って使いまわすことが「正しい」。自分の留学生活という限られた時間を有効利用するという観点からすれば、使い捨てが「正しい」。

要するに問題は、どちらの観点を重視するかだ。

そして、自分の下した結論は・・・

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結局、洗った。

それも大量に。15足以上。加えてハンド・タオルも。

使い捨てという策に踏み切るべきだという結論に固まりつつあったが、心情的に、捨てることができなかった。「もったいない」精神とでもいうべきだろうか。結局、捨てるでもなく、どんどん買い足した結果、使用済み靴下が山積することとなった。そこで、ふと思った。まとめて洗えば手間は省ける。15足をまとめて洗えば、月2回の洗濯で済む。

合理性と心情の折衷策であった。最終的に、どちらの観点から見ても目的にそぐわない結果となっているような気もするが、まあいいとしよう。靴下の季節ももうすぐ終わりだ。
 
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プロフィール
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toshi
性別:
男性
自己紹介:
2008年7月から2010年5月まで、ジャワ―ハルラール・ネルー大学留学。
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