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インド・ニューデリーのジャワーハルラール・ネルー大にて国際関係を学んでいた留学生の記録。
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アムリトサル旅行後編。


8月2日(日)

二日目朝はゆっくりスタート。

夕方に印パ国境を見に行くという一大イヴェントはあるが、それ以外は特に予定がない。

10時頃、ホテルを出て朝食の場所を探す。ちなみに、ホテルにレストランはない。前日に脳カレーを食べたCrystalへ行くが、まだ開いていなかった。11時からだとか。そこで右往左往していると、サイクル・リクシャーが声をかけてきたので、朝食を食べられるレストランへ連れて行ってもらった。黄金寺院の近く、Bharawan Da Dhaba。老舗の名店らしい。食堂といった感じの造り。値段も手ごろなベジ・レストラン(そういえば、サイクル・リクシャーの運転手にはノンベジと言ったのだが)。

アムリトサル・パニール・クルチャをオーダー(Rs. 25)。小麦ベースの生地に、パニールが練りこまれている。柔らかいピザのような感じ。とても気にいった。

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アムリトサル・パニール・クルチャ。

それから、ホテルのオヤジが紹介してくれた、黄金寺院とは別のシク寺院を目指す。名称は忘れた。

たどり着いてみると、そこは黄金寺院そっくり。靴を預け、足を洗って入る。規模はおそらく同じ。ただし全体的に装飾のクオリティや人数が低く、黄金寺院の7割引といったイメージ。人々の幸せオーラも7割引。中心の寺院も、黄金化途上。

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前面のみ黄金。

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工事中。

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中央の寺院への道。黄金寺院では撮影不可だった。

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謎の像。頭から水。

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アップで。

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中央部の寺院の隅を飾るホラ貝。
 
時間はあるのでじっくり見学。正直なところ、前日の黄金寺院との比較から、安っぽさを感じる。その後、みやげ物屋で孔雀の羽根の団扇を買う(Rs. 20)。このとき、Rs. 10のコインを使って支払ったところ、とても珍しがられた。

すでに消耗していたので、ジャリヤーンワーラー庭園近くのCafé Coffee Day(カフェ)で休憩。自分たち以外の客すべてが欧米系という異空間がそこには構成されていた。店員はターバンを巻いたシク教徒のスマートなお兄さん。店内の様子を写真で撮って見せたら、そこがインドだとわかる人はいないだろう。まるでロンドンかニューヨークの光景(行ったことはないが)。

そこからサイクル・リクシャーで、ホテル近くのラーム庭園を目指す。そこにある(らしい)州立博物館が目当て。インドで、「州立博物館」なるものにいい思い出はないが、ほかに行く場所もなかったので。

木の茂る公園のような一角があった。しかし州立博物館は見つからない。その代りに、妙に手入れの行きとどいた庭園を見つけた。近づくと、博物館らしきものがあった。建物の名前は、Maharaja Ranjit Singh Panorama…?なんだろう、パノラマって。

とにかく入ってみる。入場料は通常Rs. 10。学生割引を使ってRs. 5にした。一流ホテルばりにきれいな庭園を通り、「パノラマ」へ。そこは、この地域をかつて支配したマハラジャであるRanjit Singhの業績をたたえるための博物館。「パノラマ」とは、絵と模型を使って歴史上のシーンを再現したもののことらしい。かなり大規模で、かつコンピューターを使って歴史を学べるコーナーなどもあり、充実。2006年に完成した新しい博物館だ。エアコンがしっかり効いているのもうれしい。

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マハラジャ・ランジット・シン・パノラマ。
なぜかここでも靴を預けさせられる。

その後、近くの食堂で昼食をとり(特記事項なし)、ホテルへ戻る。夕方からのワガ・ボーダー行きに備えて休憩。

インド側アムリトサルから車で30分、パキスタン側ラホールから40分のところに位置する印パ国境ワガ・ボーダー(Waga Border)。日の入り頃に、国境を閉める「クロージング・セレモニー(Closing Ceremony)」が行われる。国境を閉めて国旗を下げるだけなのだが、インド側とパキスタン側がそれを競うように行うので、盛り上がるのだ。スポーツの日韓戦のイメージが近いと思う。黄金寺院の周りでは、国境行きの車やオート・リクシャーが大量におり、呼び込みを行っていた。おそらく、アムリトサルでは黄金寺院と並ぶ観光スポットなのだ。

午後4時半、ホテルのオヤジに手配してもらったタクシーが到着(トータルRs. 500)。まったく時間どおり。時間どおりに来るとは思っていなかったので、あわてて準備をしてタクシーに乗り込む。

タクシーは猛スピードで印パ国境へ。30分くらいで到着。目的のセレモニーは6時30分からだというから急がなくてもよかったのだが。すでに多くの観光客でごったがえしていた。

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歓迎。

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デリーまで492キロ。
 
国境のゲートをはさんで、印パ双方の側に、大きな観客席が設けられている。大勢の観光客が押し寄せる。売店もあり、スナックや飲み物が正規価格で売られている。

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手前の構えはインド側。奥はもうパキスタン側。

バックは持ち込めない。そのため、タクシーに荷物を置き、貴重品やカメラ、それと孔雀の羽根の団扇を持っていった。カメラ・ケースもダメだと掲示してあるが、実際のところカメラ・ケースは何も注意されない。ボディ・チェックのところで「それは何だ」と言われたのでカメラ・ケースが問題視されているのかと思いきや、そうではなく、孔雀の団扇のことを訊いているのだった。もちろん問題なし。

印パ国境ということでさぞかし緊迫しているのだろうと思いきや、それはまったくの杞憂であった。警備の軍人たちは、観光地の警備員のようなゆるい雰囲気だ。

セレモニー前から大変な盛り上がり。客席から飛び出してきて踊りだす人たちも現れ、軍人もそれを静止せず眺め、観光客は大声援で応える。セレモニーが近付くにつれて客席の混雑は危険水域に達する。自分たちは外国人観光客ということでいい場所を優先的に割り当てられていたが、そうでなければ地獄だ。夕方とはいえまだ暑い中、通勤時間の山手線か中央線かという混雑状況。近くにいた赤ん坊は泣き叫んでおり、父親が必死に団扇で風を送っていた。無事であったことを願う。ちなみに、会場には救急車もスタンバイしていた。

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インド側客席。

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門の向こうはパキスタン側。席が男女に分かれている。
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国境のゲートを目の前にして。
ここまで入れるのはVIP(関係者)と外国人のみ。

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踊りを披露する子供たち。

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この赤ん坊がかわいそうでしかたなかった。
母親はセレモニーに夢中。
父親はどこを見る。
 
6時半少し前、セレモニーが始まった。司会者らしき人が観客をマイクで煽る。ヒンディー語なので何を言っているのかよくわからないが、要するに、「インド万歳!」のようなことだろう。その後、数名の隊員が登場。国境をいったん開き、パキスタン側の隊員と対峙する。そして旗を降ろし、国境の門を閉める。それだけのことなのだが、盛り上がりは最高潮。セレモニーが終わると、観客は一斉に帰路につく。

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主役登場。

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開門。対峙。

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仲良く旗を下げましょう。

充実した施設や体制を見れば、インドの国境警備隊(Indian Border Security Force; BSF)が観光客を積極的に受け入れていることがわかる。国境見たさに人が集まってしまったので仕方なく施設を整えたのではない。積極的な意図がそこにはあるに違いない。ネイション(国、あるいは民族)が先か、国境が先か。そんなことを考えさせられた。

ホテルに戻り、夕食は近くの中級ホテルのレストランへ。ここもビュッフェ形式(Rs. 350)。ビールはカールスバーグとキング・フィッシャー。思えば、キング・フィッシャーは久しぶりだ。半年以上飲んでいなかったかもしれない。クリアな味のカールスバーグの方が好きだが、たまには雑味の強いキング・フィッシャーも悪くない。

8月3日(月)

朝9:45の飛行機に乗るため、8時前にホテルをチェックアウトし、オート・リクシャーで空港へ(Rs. 150)。1時間強のフライトでデリー着。空港からはタクシーで大学に直行し、非日常の旅路から、日常の活動へと戻った。
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男性
自己紹介:
2008年7月から2010年5月まで、ジャワ―ハルラール・ネルー大学留学。
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